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今そこに危険がまん延

全ての要因は「制度」に行き着く 

「制度」とは現在の「感染症法」のこと。感染症法では、対象者が陽性と診断された場合、原則として「強制入院(隔離)」となる。しかし都では24日時点(五輪断念)での病床数はわずか118床。従って重症者優先となり、検査は抑制されることになる。

またクラスター対策方針により、陽性者に係る濃厚接触者を保健所と対策班で追跡。しかし多くは無症状や軽症に止まる。 一方新たに発生する陽性患者は感染経路不明が拡大。市中感染の恐れが顕在化しつつある。 限られた感染症病院に院内感染が生じ、受入体制にも影響が出ている。

この結果、重症患者向けの病床確保のため、軽症・無症状感染者を原則から外し、宿泊施設や自宅療養に変更対応を余儀なくされている。 しかしながら、これまでの重症者中心の対応は、一方で軽症・無症状感染者が市中に相当程度存在することを意味し、実は危険が市中にまん延していることになる。

専門家会議が主張するクラスター対策は、基本的に発生主義であり、保健所や対策班の追跡経験が高度であっても、市中患者存在の保証がない。 従ってそのクラスター対策とは別に検査を拡充し、『事実のリスク』を把握しなければ、危険は解消されない。

国会議員の中には特措法に罰則を付与せよなどという主張があるが、それは補償もなく自宅待機せよということを意味し、国民は座して死ねと云うに等しい。 『事実のリスク』が不明であるのに果たしていつまで休業すればよいのか無責任極まりない。経済は死ぬだろう。

コロナの感染力はインフルより強くないとされているが、免疫の獲得がなく、罹患すれば、致死率が高いばかりか、若年層では肺に後遺症が残る。 国や自治体は速やかに病床を確保し、検査を拡大し、適切な治療体制を整え、同時に、ウイルス学の専門家と協議し休業等の補償を打ち出すべきである。

安倍首相はマスク2枚を全世帯に配給するとのことだが脅威不明な感染症に対し、それは戦前のB29に竹槍の精神論に他ならず合理性を欠く。 戦力の逐次投入で多くの戦死者を出し、その多くは餓死であった。今そこにあるリスク(危険)がどれくらいか分からなければ合理的な対策を打つことは出来ない。以上






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