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世界幸福度ランキング58位

世界幸福度ランキング58位( 韓国より下位) の日本が抱える大問題

バブル崩壊の泥沼から抜け出せない日本

平成元(1989)年は、バブルの頂点に向かって80年代を駆け上がってきた日本が、そこに達した途端に一転その崩壊に向かって転がり込んで行く、まさに光と陰が瞬く内に交錯した年だった。この年12月29日大納会の株価の終値が3万8,915円の史上最高値を記録し、同年の全世界の株価時価総額の半分以上を日本が占めるという、誰もが「なあにそれ?」「信じられない!」と言い合うような事態が出現した。

その年の全世界の企業の株価時価総額ランキングでは、ダントツのトップがNTTの1,638.6億ドルで、第2位以下が日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行と5位までに企業が並び立ち、その後も7位三菱銀行、9位東京電力、11位トヨタ自動車などが続いて、上位50社の内なんと32社を日本企業が占めている。米国は15社IBM、エクソン、GEなど15社である。さあてそれが30年を経てどうなったか。

2018年の世界ランキングでは、トップがアップルで9,409.5億ドルで、第2位以下、アマゾン、アルファベット(グーグル)、マイクロソフト、フェイスブックなど米国企業が並び、さらにアリババ、テンセントなどの中国勢も10以内に食い込んでいる。日本はどこへ行ったのか。探さなければならない有様で、トップ50の内35位にトヨタが入っているだけである。

これが、平成の30年間に日本経済に何が起きたのかを示す端的な指標である。バブルに浮かれ、それが崩壊したのになかなかそうとは気がつかずに脳天気に過ごし、それを何とかしようという小泉改革やアベノミクスのデタラメな処方箋に惑って無駄な時間を費やし、さてどうしたらいいか分からなくなっているのがこの国である。

まことに残念な日本の状態

どういう指標をとってもこういう残念な有様しか浮き彫りにならないのだが、例えば平成初めの日本のGDPは全世界の15%を占めていたが、今は6%まで縮んだ。

1人当たりGDPを見ても(1人当たりGDP)、1990年には、北欧諸国などには負けるので世界では第9位だが主要先進7カ国(G7)の内では米国を上回って第1位。さらに2000年には世界でもルクセンブルグに次いで第2位、G7内で第1位の堂々たる地位を極めたけれども、2010年では急落し世界第18位、G7内2位となり、2017年に至るや世界第25位、G7内ではかろうじてイタリアを上回って6位というところまで落ちてしまった。

成長力ランキングでも、今は全世界164位で、アジアで見ると17位である(日本の成長力は世界で、アジアで何番目?)。

もっとガッカリするのが国連が毎年発表する「世界幸福度」ランキングで、日本は58位の、言ってみれば、中程度の国だということである(国連の世界「幸福度」ランキングで日本は?)。この幸福度ランキングで見ると、すぐ下にいるのはホンデュラス、カザフスタン、ボリビア、ハンガリー、パラグアイ、北キプロスなどで、すぐ上にいるのはモーリシャス、ジャマイカ、エストニア、韓国、ラトビア、タイなどである。

いろいろな指標をとって、それでもなお日本が中程度かそれ以下であるというのは、まことに残念なことではあるけれども、問題はそのこと自体ではなくて、日本人のほとんどが日本の国際社会の中でのステータスがそれほど低くなってしまったとは思ってはおらず、未だに40年前の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という虚偽意識を引き摺りながら、アジアや世界に対処しようとしていることである。

例えばの話、幸福度ランキングで58位でしかない日本人が、54位の韓国の人たちに向かって偉そうなことを言ってヘイトスピーチまで投げつけるというのは、ほとんどお笑いで、先方からは「何を勘違いしているの?あなた方」とせせら笑われてしまうようなことなのであるけれども、当の日本人は外からそのように見られているとは自覚していない。この意識の恐るべき内外ギャップが、平成末の日本が抱える大問題である。

脱発展途上国の戦略設定に失敗

平成30年間の経済がこれほどまでに残念な結果となった理由は、大きくは2つあって、第1は、そもそもバブル自体が失敗の結果だったのにそうとは思わずにそれに浮かれていた脳天気、第2は、そのバブルが崩壊した後をどう始末するかについて、小泉=竹中の市場万能主義の路線も安倍=黒田の金融異次元緩和の路線も全く見当が狂っていたことである。

バブルを生んだのは金余りで、なぜ金余りになったのかというと、戦後日本の復興から高度成長の推進力となってきた大量生産型の製造業が飽和状態に達して、その旺盛な産業資金需要を賄ってきた銀行が資金の供給先を失ったからである。そこで銀行は、株と土地の投機に人々を誘い込んでバブルの狂騒を創りだし、それに政府も企業も国民も踊り狂って我を失ってしまった。

実はこの80年代から90年代にかけて日本が直面していたのは、行け行けドンドンの成長一本槍の発展途上国経済から、落ちついた成熟的な先進国経済への戦略的な転換であったのだが、そのような議論は政財官のどこからもまともに提起されることがないまま、宙に飛んで砕け散ったのである。

私はバブル崩壊当時、よくこんな言い方をしたのだが、日本は余りに元気な発展途上国だったので、勢い余って成熟先進国への急カーブを曲がり切れずに正面の土手を賭け登って向こう側に転落し、失神してしまった、と。そのため、本当の課題が、成長から成熟へ、量的拡大から質的充実へ、徒な「大日本」の追求から「中」もしくは「小」の身の丈に合ったほどほどの日本へ──等々の価値観的な転換にあるという問題意識が育たないという欠損が生じた、と。

竹中イズムもアベノミクスも間違い

そのように、そもそも日本が置かれている現状への時代認識と問題設定が間違っているので、それに対する処方箋を規制撤廃=市場万能主義や金融緩和ショック路線など、いずれも米国起源の過激なアイデアを持って来て何とかしようという発想も、通用しないのは当たり前である。

竹中平蔵氏が深く関与した不良債権処理から規制緩和と対外開放という路線は、結局のところ長銀や日債銀をはじめ日本の優良な金融ファシリティーを血税を用いて救済した上で外資系ファンドに売り飛ばすという売国的行為でしかなかった。それが日本経済の体力喪失を加速させた。

次に出てきたアベノミクスは、そもそも人口減が始まっているがゆえに慢性的な需要不足に陥りつつある国内経済の現状を、マネー供給の不足による「デフレ」だと誤認し、日銀による金融大緩和でマネーをジャブジャブにすれば人々が金余りだと錯覚して消費に走るので景気がよくなるという狂った政策に突き進んで失敗した。

下表は、アベノミクスの6年間に何が起きたのかを示す基本的な数字で、これを見ると、日銀がいくら通貨供給量を増やしても全金融機関が日銀内に設けている当座預金にお金が滞留するばかりで、決して世の中には出回って行かないという構造が分かる。

■アベノミクス「異次元金融緩和」の不都合な真実

           2013年3月→→→2019年2~3月
マネタリーベース    138兆円    504兆(+366兆)
日銀の国債保有高    165兆     478兆(+313兆)
金融機関日銀当座預金   47兆      386兆(+339兆)
銀行預貸ギャップ    214兆     278兆(+ 64兆)
企業内部留保      306兆     446兆(+140兆)

こうして、今になって振り返ると、小泉=竹中と安倍=黒田がこれほど無知無能でなければ、平成30年を経た日本経済はもう少しマシなところに止まっていたのかもしれないとは思うけれども、実際にはこんな程度でウロウロし、まだ自分の21世紀を見いだせないでいるのがこの国である。







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